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新交通の失敗:ピーチライナー(桃花台新交通桃花台線)

新交通システム路線といえばあなたは何を思い浮かべますか。南港ポートライナーゆりかもめ(東京臨海新交通臨海線)、ニューシャトル札幌市営地下鉄アストラムライン…。日本にはいろいろな新交通路線が整備されています。でも実は、その中に一つだけ既に廃線になった路線があるのです。

桃花台線とは何か。

ピーチライナーの愛称で親しまれた桃花台線は、桃花台ニュータウン小牧駅を結ぶ約7.4キロの路線です。桃花台の住民が名鉄小牧線小牧市中心部へ行くために整備されました。車両は100系電車で、経費削減のために全駅島式ホームで片側にしかドアがありませんでした。そこで終点ではループ線を回り車両の向きを入れ替えていました。

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終点桃花台東駅のループ線。現在は撤去工事中。

1991年に開通しましたが、利用者低迷を原因に国内の新交通システムとしては初めて2006年に廃線になった路線です(現在も唯一)。走る車両の姿がみられたのはわずかに15年の間だけでした(しかもその間にも空気を運ぶ桃花台線とかピンチライナーとか言われていたのは有名な話)。

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桃花台線廃線跡の壁面に残る子供の絵

ちなみに、あまりのお金のなさに終末期には自動券売機では当時もうほとんど出回っていない旧札しか使えなかったり、廃止時の記念乗車券に大量に余った一日乗車券を流用したりする惨状でした。どうして住宅街を走る路線がこんなことになってしまったのでしょうか。

何が問題だったのか

では、どうしてこの夢の公共交通機関はあえなく廃線になってしまったのか考察していきましょう。

ニュータウンの計画縮小

ニュータウン当初の人口は50000人でしたが、いまではせいぜい30000人弱にとどまっています。これには、計画当時の団地志向から時代が変わり、戸建て志向へ変わっていったこと、計画面積の縮小などがあります。

この路線は性質上(周りにこれといった観光地があるわけでもなく)桃花台住民の利用しか見込めないのでその母体が減れば必然的に利用者が減ることになります。

名古屋市街地に行くのに徒歩連絡

ピーチライナーから乗り換えた先の名鉄小牧線名古屋市街地方面へ行くのには、上飯田駅まで小牧線に乗り、800mほど歩いて地下鉄平安通駅まで歩かなければなりませんでした(2003年に地下鉄上飯田線が開通して改称されましたが桃花台線にはもう手遅れでした)。

ただでさえ車社会の愛知県にあって、これほど不便な鉄道を好んで利用する変わり者は数知れるのは自明です。実際に車の免許を持った世代はそのほとんどが車で名古屋市街地へ向かっていました。

小牧駅の接続の悪さ

ピーチライナーの利用者はほとんどが小牧駅名鉄小牧線に乗り換えることが予想できますが、ダイヤの接続が悪小牧駅の乗り継ぎは良くなく、階段を駆け下りる(ピーチの駅は高架・名鉄駅は地下)光景が見られました。

中央線利用が便利

一方で、桃花台から南方へ7000mほどいったところにはJR中央線の春日井駅があります。中央線は名古屋駅へ直通していて時間も早く、小牧線よりも圧倒的に便利でした。

ちなみに桃花台線は将来的に高蔵寺方面へ延伸する計画がありましたが、これが実現したとしてもかなり遠回りなので廃止を免れたかといえば微妙なところなきがします。実際、春日井駅まで車で行ってJR中央線に乗ることも多かったようです。

エレベーターなし

設備投資を削ったのか、小牧駅桃花台センタ―駅の登りエスカレーター以外エスカレーター・エレベーターの設備はありませんでした。これでは足腰の悪い人が小牧市街へ通院できません。さらに名古屋に行こうと思ったら前述のとおり上飯田で歩かなければなりません。

健脚の人は免許を持っている割合が高く、その中にはJR中央線の春日井駅まで自転車で行ってしまう人さえいます。公共交通を最も必要としている層の人々が利用できない公共交通だったのです。そもそも桃花台自体起伏のある地形で階段やスロープも多いのであまり健脚でない方には向かない場所なのかもしれませんが(桃花台は高いところで海抜約87m・低いところで約70m)。

維持費が高い

ピーチライナーは案内タイヤが中央にあるVONAというシステムを利用していました。これを使用しているのはほかに山方ユーカリが丘線のみ。珍しいシステムなので部品代などがかさみ維持費が高騰。ちなみになぜ新交通システムで建設したのかといえば、小牧駅を出て名神高速をくぐり、高架の小牧線を越え、桃花台への長い坂をのぼり…と普通鉄道では少々厳しい坂が多かったからです。もしもこれが名鉄と同規格で小牧線に直通していて乗り換えなしで名古屋市街地に行けたら話は少し変わっていたかもしれませんね。(もちろん上飯田線が必要ですが。)

 要するに、設備投資を削ったら余計に維持費がかかるようになってしまったわけです。ちなみに、廃線後に車両を売却しようとしましたが、あまりに特殊な形式のため、(そもそもVONAがユーカリが丘線にしかなく、ドアが片側しかない)一部個人に譲渡されたほかは、金属スクラップになりました(譲渡された車両の一つは豊田にあるそうです)。

駅が蒸し風呂

ピーチライナーは当時としては珍しく、フルスクリーンタイプのホームドアが全駅に設置されていました。 革新的なことですが、一方でエアコンは全駅に設置されていたわけではありません。夏場のガラス張りのドアの中は真夏に屋外に置いておいた車状態で蒸し風呂同然、とても不快な状態であったことは想像するに容易です。

どうすれば成功したのか

如何にしたらピーチライナーは存命できたのでしょうか。個人的に考えてみました。

この手の専門家でもない一般人が妄想したもしも論でしかないので、こういうのが苦手な人は飛ばしてください。

案1

開通初期から中央線に接続して、上飯田線を同時に開業させていたケースです。こうすれば名駅方面に行くときは中央線、栄方面に行くときは小牧線を利用する みたいな感じで棲み分けができたかもしれません。

(最初に中央線に接続しなかったのは桃花台新交通株式会社に名鉄資本が絡んでいたからなんとかとも)

案2

BRTで建設する。桃花台内は普通のバスとして各地を回り、国道155号線上空を専用通路で飛ばし小牧駅へ行く。前述したように桃花台は起伏が多く歩いて駅まで行くこと自体が大変だったことも利用者低迷にあると思います。家の目の前まで車両が来てくれたら事情は違うかもしれません。

案3

中央自動車道をもっと利用する。E19中央自動車道桃花台ニュータウンを南北に貫いています。せっかく日本有数のインフラが既にあるのにこれを使わない手はないでしょう。高速バスのバス停があり、名古屋駅のバスターミナル直通便が走っていますが、これをもっと利用すべきだったんではないかと思います。実際に桃花台線廃止後に本社車庫敷地をパークアンドライド用の駐車場として開放していて、それなりに繁盛しているようです。そもそもわざわざ他に公共交通をひく意義がなかったのかもしれません。

おわりに

桃花台線廃線跡は撤去工事もいよいよ始まりましたが、この費用も膨大です。

 同じ失敗を繰り返さぬよう、すなわち同じような負の遺産を二度と作らないように、税金を使った公共投資はしっかりと予測を立てて現実的な案で計画してほしいですね。何事にも見切り発車は良くありません。

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桃花台西公園を通る廃線跡

ところで余談ですが、桃花台小牧駅の途中にある駅は「東田中駅」と「上末駅」。このうち上末駅はローマ字では「Kamisue Sta.」ですが、すぐ近くの交差点名は「Kamizue」とあります。果たして本当の地名はどっちなんでしょうか。